
中学か高校か、それも忘れてしまったけれど、国語の教科書にラムネ瓶の中のビー玉を称える文章が載っていたのを覚えています。
なぜ覚えているか。
理由は、ラムネ瓶の中のビー玉は、私にとって取れそうで取れない永遠の憧れだったからです。
そのラムネビー玉を賞賛した文章は何だったのか、自分の記憶違いだったのか、長らくの謎だったのですが……。
青空文庫でも読めます → 坂口安吾 ラムネ氏のこと
目次
坂口安吾の「ラムネ氏のこと」
「ラムネ 教科書」で検索すると簡単に見つかりました。いいねえ、令和。
タイトルは「ラムネ氏のこと」。明治の文豪、坂口安吾が書いたものでした。
実のところ、これがエッセイだったことも、旧仮名遣いで書かれていたことも忘れていたというありさまで、ちゃんと読むと内容も、単純にラムネビー玉を称えたものではありませんでした。
お話は、坂口安吾がお友達の作家ふたりと、三好達治の家で食事をする場面から始まります。
たまたま出されたラムネを口にしたひとりが、こんなことを言い出しました。
あれ一つ発明したゞけで往生を遂げてしまつたとすれば、をかしな奴だと小林が言ふ。
ラムネビー玉を発明したやつは、ほかに何か成し遂げたのだろうか。生涯の業績がそれだけだとしたら、あまりに滑稽じゃないか。
ビー玉で蓋をしようだなんて、なかなかオシャレだと思うのですが、確かに、軽いっちゃ軽いかもしれない。
しかし安吾は答えました。
発明というものは一朝一夕で成るものではなく、そこにたどり着くまでには何人もの努力と犠牲があったはずなのだ。
たとえばフグ。
我々は事もなくフグ料理に酔ひ痴れてゐるが、あれが料理として通用するに至るまでの暗黒時代を想像すれば、そこにも一篇の大ドラマがある。幾十百の斯道の殉教者が血に血をついだ作品なのである。
今私たちはおいしいフグ料理を安全に食べることができますが、その調理法が確立するまでには、たくさんの人が食べては死に、多くの犠牲があったはず。
それにもめげずあきらめず(?)、フグを食べ続けた人がいたからこそ、我々はフグの美味を楽しめるのである。安吾はそう考えました。
だったらラムネビー玉だって。
あのビー玉とて、ラムネ瓶と真摯に向き合い、悪戦苦闘を繰り返した人の成果であるなら、生涯をかける仕事と呼んでよいのではないでしょうか。
最後に安吾はこうつづっています。
それならば、男子一生の業とするに足りるのである。
令和の今、業績を残すのは男子だけとは限りませんが、そこは明治。「身を立て名を上げやよ励めよ」の世の中ですから目をつぶりましょう。
まとめ
しかし、やはりトータル的に見ると、坂口安吾はラムネ瓶の蓋のビー玉(の発明)を「一生をかけて成し遂げるに値する業績である」と認め、称えている、と考えてよいのではないでしょうか。
よいことにしましょう。
であれば私も、わざわざ検索した甲斐があるというものである。そういうことになりそうです。
