
NHKBSで放送されたダークサイドミステリー「古代メキシコ「いけにえ」3000年の謎〜死と生のふしぎな世界〜」を視聴しましたので、そのメモなどをまとめたいと思います。
写真は20年ほど前に私がメキシコを旅したときに撮ったものです。メキシコ国立宮殿。大きな広場と、横にブルーシートを敷いた露店があり、にぎやかで楽しい場所でした。
目次
- メソアメリカ文明について
- メソアメリカ文明と生贄
- 生贄は残酷なのか・なぜ生贄が必要だったのか
- 世界樹・メソアメリカ文明における世界の成り立ち
- メシーカ人とコルワカンの王
- アステカと生贄儀式の政治化
- 日本にも残る人柱の歴史
- まとめ
メソアメリカ文明について
私のようなおばさんは、古代文明といえばエジプト、インダス、メソポタミア、黄河の4大文明と習ったのですが、最近ではそれにメソアメリカ、アンデスを加えて6大文明と教わるのだそうです。ラテンアメリカの文明がふたつ加わったわけですね。わーい。
では、メソアメリカ文明とは何なのでしょうか。
世界史の窓さんより。
北米大陸のマヤ文明、アステカ文明に代表される、スペインによる征服以前のメキシコ高原・ユカタン半島などにみられる文明をメソアメリカ Mesoamerica 文明という。
マヤ、アステカの有名どころ以前にも、メソアメリカ(中央アメリカ)と呼ばれる地域にはさまざまな文明があり、それらをまとめてメソアメリカ文明と呼ぶようですね。
またこのメソアメリカ文明、「独自に発生したオリジナルな文明」一次文明に数えられることもあるなど、今般では評価も大きく変わっているようです。
メソアメリカ文明と生贄
マヤ、アステカというと、生贄のイメージをお持ちの方も多いのではないでしょうか。番組でも、メキシコ市の国立宮殿地下でたくさんの頭蓋骨が見つかったと述べていました。
カラパイアさんに詳しい記事があります。
ユカタン半島のマヤ文明でも同様の儀式があり、球技に負けた者が生贄として捧げられたそうです。
こちら、マヤ文明圏で信仰されていたチャックモールという雨の神さまの石像ですが……。

お腹のところの平たい部分にはなんと、生贄の心臓が置かれたとのこと。
ユーモラスでかわいらしいし、ちょっとしたアクセサリー置きによさそうなデザインですが、真相を知ってしまうとそんな気にはなれませんね。
生贄は残酷なのか・なぜ生贄が必要だったのか
番組では「贈与論」という考え方が紹介されました。いわく、ものをもらい、お返しをすることで関係が結ばれるというものだとか。人間は神様から自然の恵みをもらい、そのお返しとして生贄を捧げる。災害は神の怒りであるので、鎮めるために命を返す。
こうした考え方はメソアメリカ地域だけではなく、世界各地でみられるそうです。
メソアメリカ地域では、このような考え方にもとづく生贄の儀式が頻繁に行われており、生活様式のひとつであった、と述べられていました。
世界樹・メソアメリカ文明における世界の成り立ち
これも、メソアメリカ文明だけではなく、世界各地にみられる概念のようですが、古代の人々は世界が大きな木によって支えられていると考えることがあったようです。
世界を支える大きな木、世界樹は、メソアメリカ文明では神の死によって誕生し、血によって支えられると考えられていたとのこと。
自らを犠牲にして世界を創り、維持している神への返礼として人は命を捧げる。生贄はこの世界を創ってくれた神への「債務の支払い」であり、維持するためのある種必要経費のようなものだった、ということです。
アステカに、トシュカトルという儀式があります。
創造と破壊の神テスカトリポカのための儀礼で、神に擬した青年がひとり生贄になります。青年は儀礼の一年前に選ばれ、生贄になるまでの間はぞんぶんに贅沢な暮らしをさせてもらえるそう。そして儀礼の日、神殿の上で心臓を捧げるのですが。
この儀礼は、自らの体をバラバラにして世界を創ったテスカトリポカの神話の再現という意味があるとか。つまり彼はテスカトリポカと同じ過程を経ることで、世界を守る神になるということなのです。
ひとりの命はひとりだけのものではない。自分の命は自分だけで完結することはなく、宇宙に還って世界を維持するために使われる。つまり、生贄は死んで世界を守る、世界の一部になる、という考え方のようです。そのため、残酷ではなく祝福されるべきことであった、と解説されていました。
メシーカ人とコルワカンの王
とはいえ人間ですから、「当たり前の感情として、誰が生贄になるのか」問題が生じたのだとか。まあ、考えてみれば(考えなくても?)そうですよね。
ここで衝撃のエピソードが紹介されていましたので、簡単にメモしておきます。
かつてメキシコ市の辺りにはコルワカンという部族がいたが、そこにメシーカ人がやって来た。メシーカ人はコルワカンの王に「我々の女神にしたいので、あなたの娘さんをいただきたい」と伝えた。王は承諾し、しばらくしてメシーカ人の祭りに呼ばれた。
☆衝撃注意☆
王が神官を見ると、人の皮をかぶっている。それは王が与えた娘の……。
まあね、メシーカ人にしたら約束は破ってないんだと思うのですよ。でもさあ。
NHKがこの衝撃エピソードを挟み込んできた理由は、勝手な推測ではありますが、メソアメリカ文明圏の者同士でも生贄に対する考え方には多少の違いはあったということと、やはり人間ですから、許容できないものもあったということではないかと思っております。
ともかくもメシーカ人たちは怒ったコルワカンの人々に攻められて敗走。逃げた先で力をつけ、同盟を結ぶなどしてアステカ王国と呼ばれる強国を作ります。
アステカと生贄儀式の政治化
アステカの王モクテスマ1世の治世には、異常気象があったようです。作物を食い荒らすイナゴ、洪水、霜、干ばつ、飢饉など。
となるとやることはひとつ! 生贄です。それも、神々が喜ぶ「価値のある生贄」が必要だと考えられました。
貴族の子供が捧げられたこともあるそうですが、やがて、強い戦士こそが神々への供物にはふさわしいとされるようになったようです。
花の戦争と呼ばれる戦いは生贄確保のためとされていますが、これにはルールがあり、事前に場所や時間、人数を決めて行っていたとのこと。領土争いなどではなく、純粋に戦うことに価値を見出していたということでしょうか。
ともあれ、負けた方の戦士を生贄に捧げ、異常気象は終わりを告げたということです。
そしてだんだんと、アステカの生贄の儀式は神話の再現という意味合いから、政治性を帯びたものに変わっていったのだとか。
現在はテンプロマヨールと呼ばれるアステカの大神殿。1487年、これを建設する際には4日間で数千人の生贄が捧げられたと伝わっているのですが、この数字、これまでは「異教徒の残虐性を示すためにスペイン人がでっち上げた」と言われていたんです。
ところがどっこい、アステカ人が自ら権威を誇示するために吹聴したという説もあるそう。
写真に上げた国立宮殿の地下に眠るテンプロマヨール。ここでたくさんの頭蓋骨が発掘されたという話は先に述べました。この頭蓋骨には穴が開けられ、つながれて神殿に飾られたということですが、これもアステカの強さ、権威を表すためのものだったといわれているようです。
ほかにも円柱型の頭蓋骨の柱があったり、なかなか、ですね。スペイン人のコルテスはショックを受けたそうですが、現代人の私もきっと同じだろうな……。
番組では、スペイン人がアステカを攻略するときに、アステカ支配下の部族が力を貸したと言われていましたが、こうした強権的な政治に反発があったのかもしれませんね。
日本にも残る人柱の歴史
番組ではまた、日本にもかつてあった人柱という風習について触れていました。
コトバンクさん。
お城や橋を建設するときに人間を埋めるという風習があったといいます。共同体のために、現世を生きる人々のために人は死に、世界を支える者となる、そういうことが日本にもあったそう。
その意味では生贄の儀礼は私たちの歴史ともつながりがあるわけです。「自分ひとりの命では終わらない」。日本に残る人柱の伝承をたどれば、そうしたことがわかるのかもしれません。
まとめ
いや~、思いのほか長くなってしまいました。素人のメモなので、間違えているところも多々あると思います。ご指摘いただければありがたいです。
番組は、NHKオンデマンドでサブスク契約をすれば見ることができますし、こちらからは単品(?)で購入、視聴することも可能だそう。ご興味のある方はぜひ。
贈与論については
メシーカ人の衝撃エピソードも詳しい

